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中村彝氏の追憶

2022年12月31日


自分が中村彝氏を訪問したのはあとにも先にもただ一度である。
田中舘先生の肖像を頼む事に関して何かの用向きで、中村清二先生の御伴をして、谷中の奥にその仮寓を尋ねて行った。それは多分初夏の頃であったかと思う。谷中の台地から田端の谷へ面した傾斜地の中腹に沿う彎曲した小路をはいって行って左側に、小さな荒物屋だか、駄菓子屋だかがあって、そこの二階が当時の氏の仮寓になっていた。
店の向かって右の狭苦しい入口からすぐに二階へ上がるのであったかと思う。こういう家に通有な、急勾配で踏めばギシギシ音のする階段であった。段を上がった処が六畳くらい(?)の部屋で表の窓は往来に面していた。その背後に三畳くらいの小さな部屋があってそこには蚊帳が吊るして寝床が敷いたままになっていた。裏窓からその蚊帳を通して来る萌黄色の光に包まれたこの小さな部屋の光景が、何故か今でも目について忘れられない。
どんな用向きでどんな話をしたか、それがどういう風に運んだのであったか、その方の記憶は完全に消えてしまっている。とにかく簡単な用事が即座に片附いたのであったろうと思われる。これに反して用事に関係のない事で当時の印象になって残っている事を少しばかり思い出して書いてみる。
https://www.aozora.gr.jp/cards/000042/card43282.html

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