損益計算書
損益計算書(P/L)は企業の一年間の経済活動の内容と収支を示す財務諸表です。
損益計算書の見方
プロスポーツクラブの損益計算書の最も単純な見方は、営業収入の大きさを見ることです。クラブの営業収入が大きいほど、言い換えるとクラブの経営規模が大きいほど、優れたクラブであると言えます。クラブの経営規模が大きいということは、そのクラブには選手や監督・スタッフに対して高い給与を払える能力があることを意味します。
一方、一般に経営の指標として参照される当期純利益についてですが、プロスポーツクラブにおいて当期純利益の大小はあまり重要ではありません。単年で赤字であっても、慢性的な赤字体質でなく、収支が十分にコントロールできる範囲であれば問題ないと言えます。
損益計算書の項目
損益計算書の各項目について説明します。
Jクラブ個別経営情報開示資料を読むための簡易な説明となりますので、各項目について詳しく知りたい方は、「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則」第三章 損益計算書をご覧ください。
e-Gov法令検索 財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則
elaws.e-gov.go.jp項目 | 記号 | 計算式 |
---|---|---|
営業収入 (売上高) | A | |
営業費用 | B | |
営業利益 | C | A - B |
営業外収益 | D | |
営業外費用 | E | |
経常利益 | F | C + (D - E) |
特別利益 | G | |
特別損失 | H | |
税引前当期利益 | I | F + (G - H) |
法人税および住民税等 | J | |
当期純利益 | K | I - J |
営業収入 (売上高)
営業収入とは、企業の営業活動によって生じた収入です。
プロスポーツクラブの営業収入の内訳は、スポンサー収入、入場料収入、Jリーグ配分金、物販収入、賞金、移籍金収入などです。このうちスポンサー収入、入場料収入、放映権料(リーグ配分金)が大部分を占めます。
内訳の詳細は営業収入の項で説明しています。
営業費用
営業費用とは、企業の営業活動によって生じた費用です。
プロスポーツクラブの営業費用の内訳は、チーム人件費、試合関連経費、トップチーム運営経費、アカデミー関連経費、女子チーム運営経費、物販関連費、販売費および一般管理費です。営業費用のうちおよそ半分が選手や監督の年俸を含むチーム人件費に費やされます。
内訳の詳細は営業費用の項で説明しています。
営業利益
営業利益は営業収入から営業費用を引いた値です。
営業外収益
営業外収益は先に述べたクラブの営業活動以外から生じた収入です。プロスポーツクラブの営業外収益の内容は、受取利息、寄付金収入、補助金収入、リーグ支援金(配分金ではない)収入などです。一定規模の営業外収益が定常的に存在するクラブがありますが、これはクラブ後援会などの支援によるものだと考えられます。
営業外費用
営業外費用は先に述べたクラブの営業活動以外から生じた費用です。営業外費用の内容は、支払利息、株式交付費、為替差損などです。選手・スタッフとの契約解除に際に生じる違約金も営業外費用に参入されるようです。ただし、これはクラブによって異なっていて、契約解除金を特別損失に含める場合もあります。
経常利益
経常利益は営業利益に営業外利益(営業外収益から営業外費用を引いた値)を加えた値です。
特別利益
特別利益はクラブの経済活動とは関わりのない、一時的に発生した収益です。特別利益の内容は寄付金収入などです。スポンサー料とは別枠での親会社からの損失補填も特別利益として計上されます。
特別損失
特別損失はクラブの経済活動とは関わりのない、一時的に発生した費用です。特別損失の内容は契約金償却損、固定資産除却損、監督の契約解除金などです。
当期純利益
当期純利益はクラブの一年間の経済活動の収支です。当期純利益が プラスであることを黒字、マイナスであることを赤字と言います。2012年に導入されたJリーグクラブライセンス制度ではクラブ経営健全化の目的で「3期連続赤字の禁止」が定められていましたが、2018年の改正によって大幅な緩和がされました。
当期純利益は一般企業にとっては「結果」ですが、プロスポーツクラブは収支が均衡するように経営を行うので、よほどの数値でない限り、当期純利益を経営上の評価基準とすることはできません。したがって当期純利益のクラブ間比較もほとんど意味をなさないと言えます。
単年の収支は経営上の評価になり得ませんが、数年単位で赤字が積み重なっていくと、負債が資産を上回る債務超過になる恐れがあります。Jリーグクラブライセンス制度では、債務超過のクラブにクラブライセンスは交付されません。(ただし新型コロナウイルスの流行に伴う特例措置によって2020年度決算から2023年度決算までは債務超過が認められます。)
したがって、プロスポーツクラブの経営情報では、当期純利益は貸借対照表の項目、特に純資産の数値と併せて見るのが良いと思います。
関連する法人の営業収益
関連する法人(アカデミーなどサッカー及びその他関連する事業を運営する法人)の営業収益は、別法人の営業収益であるため損益計算書には含まれませんが、2018年度の経営情報開示から参考として掲載されるようになりました。
C大阪や湘南など、アカデミー、普及、総合型スポーツクラブの活動を一般社団法人や公益財団法人が運営しているクラブがあります。クラブのグループ会社という観点で見れば、営業収入に関連法人の営業収益を加えたものを実質的なクラブの規模として考えていいでしょう。
2022年11月現在のJクラブの関連会社(法人)一覧はJリーグが公開している「Jリーグ クラブ経営ガイド 2022」の77ページで確認することができます。
Jリーグ クラブ経営ガイド 2022
aboutj.jleague.jp発展
3期連続赤字禁止ルールの改正
2-5 財務基準の運用細則 F.01 年次財務諸表(監査済み) 3.判定
(2) 提出された財務諸表に基づいて審査を行い、以下のいずれかに該当する場合は基準F.01を満たさないものとする。
- 3期以上連続で当期純損失を計上した場合 (ただし、ライセンスを申請した日の属する事業年度の前年度末日現在の純資産残高がライセンスを申請した日の属する事業年度の前年度の当期純損失の額の絶対値を上回っている場合は本項目に該当しないものとみなす)
Jリーグクラブライセンス交付規則・運用細則 2019
Jリーグクラブライセンス交付規則・運用細則 財務基準F.01の抵触項目であった「3期連続で当期純損失を計上した場合」は、2018年の改正で「(ただし、ライセンスを申請した日の属する事業年度の前年度末日現在の純資産残高がライセンスを申請した日の属する事業年度の前年度の当期純損失の額の絶対値を上回っている場合は本項目に該当しないものとみなす)」という但し書きが追加されました。これは純資産が十分に大きいクラブに対して3期以上の連続赤字を認める内容と言えます。
この内容は2022年現在ではJ1クラブライセンスの判定にのみ適用されています。J2クラブライセンス、J3クラブライセンスの判定では従来通り3期連続赤字が禁止されています。
決算年度 | 2024 | 2025 | 2026 |
---|---|---|---|
当期純利益 | 50 | -100 | -100 |
純資産 | 295 | 195 | 95 |
→ ✅ 3期連続赤字ではない (2028シーズンのJ1クラブライセンスは交付される)
決算年度 | 2024 | 2025 | 2026 |
---|---|---|---|
当期純利益 | -100 | -100 | -100 |
純資産 | 1200 | 1100 | 1000 |
→ ✅ 3期連続赤字だが、純資産が当期純損失の絶対値を上回る (2028シーズンのJ1クラブライセンスは交付される)
決算年度 | 2024 | 2025 | 2026 |
---|---|---|---|
当期純利益 | -100 | -100 | -100 |
純資産 | 295 | 195 | 95 |
→ ❌ 3期連続赤字で、純資産が当期純損失の絶対値を下回る (2028シーズンのJリーグクラブライセンスは交付されない)
プロスポーツクラブ経営の行動原理
プロスポーツクラブは利益を出すことを目的としていません。何故でしょうか。プロスポーツクラブは利益を競っているわけではないからです。収入が大きくなればその分だけトップチームの強化や育成・普及に使いたい。より良い選手を獲得したい。アカデミーに投資したい。このように収入を出来るだけ競技力に投資したいというのがプロスポーツクラブの一般的な考え方です。
つまりプロスポーツクラブの経営は、単に当期純利益の多寡で測れるものではなく、競技力やその他様々な事項を考慮した上で評価しなければなりません。クラブが戦略的に赤字の予算を組むこともありますし、逆に単年で多額の黒字を出したとしてもトップチームが降格してしまうようであれば、それは収入をチーム強化に上手く反映できなかった経営の「失敗」と評価できるでしょう。
当期純利益の項目で述べた通り、債務超過のクラブにはJリーグクラブライセンスは交付されないため、まず第一にJクラブは債務超過になることを絶対に避けなければなりません。一方で、クラブが債務超過寸前という状況でないならば、特に目的なく多額の黒字を出すよりは、多少の赤字になったとしても収支が均衡するように強化や育成に投資する経営が理想とされます。勿論単年黒字に越したことはないですが、あくまで越したことはないという程度です。
冒頭で述べた通り、営業収入の大きさこそプロスポーツクラブの経営力と言えます。収入が大きくなることで、トップチームの強化やアカデミー・育成普及など競技面への投資が可能になります。どのJクラブもクラブの売上を増やして、クラブの規模を大きくするために力を尽くしています。
参考
[J公式] 2019年度 クラブ経営情報開示資料
[J公式] 規約・規定
[J公式] 2019年度 クラブ経営情報開示(先行発表) メディア説明会 発言録 (2020/05/29): 「赤字が必ずしも悪いことではない」と解説
[J公式] 2019年度 クラブ経営情報開示 メディア説明会 発言録 (2020/08/03): 同上
[岡山] 2013年度 経営状況についてのご報告 (2014/04/24): 同様にプロスポーツクラブ経営の考え方を端的に説明
[Yahoo!ニュース] ファジアーノ岡山の木村正明代表が語る「J1昇格」よりも大切なこと<1/2>=宇都宮徹壱WMより転載: 「黒字が何年も続いたら怒られなければいけない」と説明
[札幌] 決算情報: 内訳を詳細に記述した有価証券報告書を掲載
[e-Gov法令検索] 財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則
最終更新日: 2023年01月09日